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2024年1月22日 - 書評のコーナー ~その86~

8月の御所グラウンド

御所

万城目学氏の作品です。表題の「8月の御所グラウンド」と、駅伝を題材にした小編を纏めて一冊にしております。

本作は、すごいエンタメ小説かといえばそういう訳ではなく、鮮やかなどんでん返しがあるかといわれると、それも無いです。では一体なんなの? といわれると、ただただ京都を題材にした学生さんのお話なのです。

私、1年だけですが京都で学生生活を送ったことがあります。その後、神戸で学生生活を6年間送るわけですが、京都の1年のほうが圧倒的に濃密でした。

明らかに怪しげな路地、ブラックホールのような闇を呈する夜の神社、学生と社会人が競うように半狂乱に飲み明かす木屋町。そして、異次元から来たような友人たち。時代のせいもあるでしょうが、万城目学・森見登美彦氏の作中に出てくるような訳の分からない登場人物が本当に周りにゴロゴロしていました。

今の統一教会、昔は原理研と呼ばれておりました。この勧誘がしつこくて皆が辟易していたのですが、それをわざわざ下宿に呼び込んでお茶まで出して、一晩かけて論破することを至上の悦びとするやつが2つ隣の部屋に住んでいました。その下宿のおばちゃんは、晩飯をエサに我々下宿人をリビングに集め、新興宗教の勧誘ビデオを堂々と流して洗脳を企んでいました。そして、初手から信仰心と財布の残高の少ない我々学生が、テレビの前に並んで勧誘ビデオを見ながら鍋をつついているというシュールな光景がありました。当時は典型的な貧乏学生でしたので、学食では常に200円のカレーを食べていました。そのカレーはルーをケチって代わりに大量の塩をぶち込んだオリジナルのしょっぱいカレーで、生卵をかけないと食べられないほど強烈な塩味でした。今となっては思い出の味です。事程左様に、カオスの一言で済ませられないほど濃密な一年でした。

本作のあらすじは、8月の夏休み。お約束で彼女に振られた大学生が、成り行き任せで御所のグラウンドで野球をする。多少仕掛けはあるものの、ただそれだけです。野球は御所グラウンドで早朝に行われます。メンバーは仕事明けでヘロヘロになっている木屋町のバーの店員や通りすがりの工員。当然ながら試合の相手もそれなりにグダグダです。野球をする理由も、ゼミの教授の代行で対決しているようなもので、特に切羽詰まった理由もありません。多少タイムスリップ的な物語も盛り込まれておりますが、メインディッシュではなく付け合わせ程度。特に盛り上がる場面もなく、伏線は少し回収して終わり。それでも読後感は、京都で送る学生生活って良いなあと思わせます。

銀閣寺から一乗寺・修学院近辺を徘徊していた人は、森見登美彦氏の作品と合わせて読んでみてはいかがでしょうか。