テスカトリポカ
題名と表紙絵柄のとおり、中米アステカ文明を題材にした小説です。といっても時代背景は現代です。一人一人の登場人物を生い立ちから環境から丁寧に書いております。その登場人物の像が完成したらそれを動かして泳がせて、また次の登場人物の詳述に移ります。各登場人物がdeepな背景を持つ人物ばかりなのでこの手法は非常にありだと思います。
メキシコ出身の麻薬カルテル王が凋落してインドネシアに落ち延び、そこで臓器売買を手掛ける日本人と出会います。その後日本を舞台に臓器売買を手広く広げること企むと言った内容です。これを書いていて思ったのですが内容はきわめてシンプル。恋愛要素なし、心の葛藤なし、感動なし、どんでん返しほぼなし。ですが、淡々と進める計画の一味になったような感覚で読み進められます。リーダビリティが高いということはこういうことかと思いました。
アステカ文明はスパイスではなく本文の背骨に当たる部分になっており、少々小難しい用語も出てきますが読み流しても可です。ただ、文中には相当バイオレンスな描写がちりばめられているので、生爪を剥がす所を想像しただけで悪寒が走る人には不向きです。直木賞選考会でもこのどぎつい描写が問題になったようで、著者自身も拷問のシーンなどの描写があまりにもえげつないので直木賞はないだろうと思っていたとのことです。
この著者は元々は純文学の作家さんでした。純文学の新人賞を獲ったはいいものの10年ほどは鳴かず飛ばず。そのうち編集者に「江戸川乱歩賞でも狙ってみたら」と言われてしまいます。乱歩賞はプロアマ問わずの推理小説新人賞的な位置づけです。すなわちこれは事実上の戦力外通告です。しかしこれが功を奏します。エンタメ小説の方が性に合っていたのでしょうか次々と受賞して、とうとう本作品で山本周五郎賞と直木賞を受賞してしまいます。
長編好き、恋愛もの嫌い、特にオチのない純文にも時々手を出すエンタメ好きには格好の本です。