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2021年10月12日 - 書評のコーナー ~その73~

ヒトコブラクダ層ぜっと(上・下巻)

鴨川ホルモー・偉大なるしゅららぼんを執筆した万城目学氏の最新作です。タイトルだけでは何のことやらわからないのはいつもの通りですのでここはスルーです。

万城目氏の作品の特徴は、あらすじを書いてしまうと原稿用紙2枚程度で済んでしまうようなことを長編に仕上げてしまうところです。しかし、ここでそのあらすじを書こうにも、そのくーだらない核心に触れないことにはあらすじを書けないというジレンマに陥ります。

主人公は梵天・梵地・梵人の三つ子。例によってそれぞれ妙な能力を持っております。主人公一人称体系を得意とする万城目氏には3人の主人公は珍しい設定です。したがって、「あれ、これ誰のセリフ?」と見返すこともありますがこれはご容赦。この三つ子が、「ふつう、ないやろ!」と関西弁で突っ込んでしまうような経緯(いきさつ)で自衛隊PKO部隊の一員としてイラクに派遣されます。イラクが舞台で上下巻900ページ超の本となると、本格戦争ものかなと思うのですが、万城目氏の小説ですからそんなありきたりな内容ではありません。確かに三つ子は大ピンチになります。次々と展開予測不能な窮地に放り込まれます。主人公をピンチに追い込むのは小説を書く時の鉄則なのですが、イラク軍が攻めてきたとかシリアの攻撃を受けたとかそんなありきたりのピンチではありません。読んでからのお楽しみです。考古学を少し齧った人は一層楽しく読めるかもです。

万城目氏の本は「良うわからんけど面白かった」という矛盾した読後感の作品が多いのですが、これもそんな感じです。これは文章をよく書きこんでいるからではないかと思うのです。心情・風景・部屋の設えの説明から家具の配置など、確り読むと読者の脳内に情景が浮かぶように事細かに描かれております。これは小説を書く時の基礎です。作者は自己の脳内で主人公を動かしているのですが、読者にも同様の世界を脳内に作ってもらわないと小説の楽しさは半減なのです。万城目氏は、ここが、上手い。現在、わたくし半沢直樹シリーズの最新刊を読んでおります。これがサクサク読み進められますが麩菓子の様に歯ごたえがない感じなのです。スピードのある展開重視の小説なのでこれはこれでありなのですが、ああ、これが文体の違いなのかと再認識しました。

例によって万城目氏の書評は難しいのですが、何でもありのエンタメ小説が好みの方にはお勧めです。究極に何でもありです。逆にじっくりミステリーを読み解くのが好きという人には、こんな不向きな本はありません。読後に焚書したくなる衝動に駆られるでしょう。

zetto