新世界より
悪の教典でおなじみの貴志祐介の作品です。かなり手練れのホラー作家です。今回の本は、単行本で上中下巻の三冊と、割とボリュームがあります。小説は、主人公の渡辺早季の述懐から始まります。一人称視点からの小説で、これは書くのに技術がいります。感情移入はしやすいものの、他の登場人物の感情の描写が甘くなります。しかし、主人公視点でなければ、この小説はできなかったと思います。
舞台は、1000年後の日本。それも、霞ケ浦近辺の水辺の村。どういうわけか、人口はすっかり減ってしまって、なぜか電力は水車で細々と発電している程度、それも公民館からの町内放送をやっと賄える程度の電力です。
そして、人間たちは“呪力”と呼ばれる超能力を持つようになっています。なぜ持つようになったのかは置いといて、主人公の子供たち、渡辺早季、朝比奈覚、伊東守、秋月真利亜らが、全人学級と呼ばれる学校で呪力の学習を行ってゆきます。登場人物も、お調子者や臆病者、慎重派やモテモテの男子など学園ものに出てきそうなキャラは一通り登場してきます。そして、上巻ではこれら学園生活を中心に利根川の野外学習やナイトカヌーなど、呑気な描写が続きます。その間、このワールドに必須の創作上の動物たちが多数出てきます。特に、人間に使役されている、バケネズミという奴隷的な動物に関しては、よく理解しておいてください。
前半ははっきり言ってつまらないです。しかし、ここには伏線が引かれているので、飛ばしてはいけません。上巻の2/3までは我慢です。そして、この妙なワールドを何とか理解して浸ってください。貴志祐介の作ったワールドを理解できていれば、途中から話は急加速します。
中巻では、まだまだ話は転がりません。起承転結の「起承」がとにかく長い。登場人物が不気味に少しずつ減ってゆきます。殺されたのか、意図的に消えたのか判りません。途中からは、人間に仕えているバケネズミが頻繁に出てきます。はたして奴らは味方なのか敵なのか。猫だましなんて動物も出てきます。愛玩動物なのか何か使命を持たされた猫の仲間なのかもわかりません。
そして「転」は突然やってきます。全人学級のある村での夏祭り。楽しいはずの夏祭りが、貴志祐介の手によって、地獄絵図に変わります。上巻中巻で我慢して自己の脳内にワールドを展開することによって、活字を読んでいるのに、脳内では大量殺戮が行われる様子がありありと見え、そして爆発音まで聞こえるようです。もう、誰が味方で誰が敵かも判りません。一緒にいる奴もどこまで信用しても良いものやら疑心暗鬼になってきます。余りにも上手なので、台詞回しや地の文の分析をしようと、ゆっくり読んではみたものの、気が付いたらワールドに嵌って読み込んでいる自分がいます。スピード感が上手で、分析なんかしていられません。悔しいくらい、お上手です。
「転」の話の転がし方が上手いので、どうやって「結」にするのだろうと心配になります。しかし、安心してください。最後の一行でのどんでん返しの様な姑息な「結」ではありません。ワールドに浸っていればこその、納得の「結」が待っています。
ジャンルとしては、長編SFファンタジーホラー小説とでも言いましょうか。よくこんなもの、心折れずに書ききったなあというのが、正直な感想です。数年たったら、もう一度読み返します。
読書好きなひと、チャレンジしてください。