AX
題名自体には大した意味はありません。斧を英語で言うとAXというだけです。作中に蟷螂の斧というフレーズが度々出てくるので何か思い入れがあるのでしょうが、わざわざタイトルにするほどの意味もないと思います。気にしないで読み進めましょう。
5編の短編から構成されております。最初の3編は文芸誌に掲載されていたもので、最後の2編は書下ろしです。どういうわけか最初の3編に比べると後半の2編は、人が変わったかのように文章構成ともに上手になっております。これは、編集担当が変わって良くなったとかいうレベルではなく別人が書いたかのように上手くなっています。不遜な物言いですが、前半3編を書いた後、たくさん文章を書いたので純粋に文章が上手になったのでしょうか。
さて、物語は兜なる殺し屋の日常及び仕事現場が中心です。酷い恐妻家でかつ敏腕の殺し屋。殺し屋といってもゴルゴ13のようなストイックな殺し屋ではなく、泥臭い感じです。その兜が家庭での恐妻家ぶりを存分に発揮して、深夜に音を立てずに食べられる食材は何か本気で考えているさまや、この仕事を辞めたくて仕方がないのだが依頼仲介役である怪しげな医院の医師からの指示になかなか抵抗できない様やら、小さい事件を扱いながら一話ずつ完結させてゆきます。しかし物語の大半はいかに妻を怒らせないように話を合わせるか、息子からも同情されるほど妻の機嫌を取ることに腐心するさまで占められております。作中では超一流の殺し屋という設定ですが、肝心の殺し屋家業の描写は非常に淡白です。大したことなさ過ぎて、これを書くに当たって思い出すのに難渋しました。正直なところ、3話目までは何でこんなのが出版されるのか疑問に思っていましたが、4話目以降でいままで散らばっていた話が纏まってきます。作者が単行本化を意識して布石として雑誌に3編投稿していたのだとしたら、相当な切れ者です。Dullな3編がここにきて密に絡み合います。家庭のこと殺し屋家業のこと医師のこと。妻に怒られないための深夜の食材も勿論絡んできます。殺された側の人やら殺そうとした側のひと。そして最後は殺人とは全然関係のない頑固なマンションの管理人がキーパーソンとなります。やっぱりそう来たかと最後は予定調和ではありますが、何となく満足感の一冊です。
文体が心地よいわけでもなく、蘊蓄が込められているわけでもなく。さらっと読めて、ああ面白かったの読後感。